アサヒコーポレーション株式会社ASAHI CORPORATION,LTD.

倉庫保管(バラ貨物・バルクカーゴ)・通関・港湾荷役・陸運・公認計量・クラッシング加工・産業廃棄物収集運搬・中間処理(がれき・鉱さい・鋳物砂・耐火煉瓦)・資源リサイクル(再生砕石製造・販売)

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会社概要・沿革

会社概要

社名 アサヒコーポレーション株式会社
代表者 代表取締役会長  太田 裕史
代表取締役社長  太田 泰裕
所在地
  • 本社 : 大阪市港区弁天1−2−1 大阪ベイタワーオフィス16階
    TEL 06(6573)3631代表 FAX 06(6573)3635
  • 北港支店 : 大阪市此花区梅町2−1−60
    TEL 06(6468)1551代表 FAX 06(6468)2175
  • 北港資源化センター : 大阪市此花区梅町2−1−60
    TEL 06(6468)5566代表 FAX 06(6468)2233
  • 弁天砕石ヤード : 〒552-0007 大阪市港区弁天6−2−2
創業 1914年(大正3年)5月
法人設立 1953年(昭和28年)11月21日
資本金 8,000万円
事業内容 通関業・倉庫業(保税蔵置場)・陸運業・港湾荷役業・公認計量業・クラッシング加工業・産業廃棄物収集運搬業・産業廃棄物中間処理業・資源リサイクル業
加盟団体 (財)日本関税協会 (社)日本通関業連合会 大阪通関業会(社)大阪港振興協会 (社)大阪倉庫協会(社)大阪府トラック協会  (社)大阪商工会議所 (社)全国産業資源循環協会 (社)全国産業資源循環連合会 他
取引先 ㈱浅沼組  伊勢湾海運㈱ ㈱AMLジャパン エムエム建材㈱  ㈱奥村組  奥村組土木興業㈱  鹿島建設㈱  ㈱関西宇部 港工場・吹田工場  岸和田製鋼㈱  共英製鋼㈱  ㈱クボタ 阪神武庫川工場・尼崎工場・恩加島工場  ㈱熊谷組  ㈱栗本鐵工所 加賀屋工場・堺工場 虹技㈱  ㈱鴻池組  櫻島埠頭㈱  佐藤工業㈱  サンアグロ㈱  J&T環境㈱  JFEスチール㈱  清水建設㈱   新関西製鐵㈱   積水ハウス㈱  住友電工テクニカルソリューションズ㈱  大鉄工業㈱  大同興業㈱  大豊建設㈱  大和ハウス工業㈱   ㈱竹中工務店  ㈱竹中土木  東洋建設㈱  東洋電化工業㈱  東洋埠頭㈱  トピー工業㈱  ㈱ナカノフドー建設  ㈱中山製鋼所   南海辰村建設㈱  ㈱日新  日鉄物産㈱  日鉄物流㈱  阪和興業㈱  ㈱福田組  ㈱フジタ  前田建設工業㈱  ㈱松村組  三井住友建設㈱  三井物産㈱  三井物産メタルズ㈱  三井ホーム㈱  明豊ファシリティワークス㈱  ㈱森組  矢作建設工業㈱ ユー・アイ産業㈱ ㈱吉年  ・・・その他多数(あいうえお順、敬称略)

沿革

1914年(大正 3年)5月

庄田捨吉が庄田組として石炭の運搬業を創業

1935年(昭和10年)5月

庄田正吉により港区弁天5丁目において庄田組支店として産声をあげ独立

1953年(昭和28年)11月

旭運輸株式会社に改組(資本金200万円)。この時期、国のエネルギー政策が石炭から液体燃料に移行したことを受け、弊社も時代の要請により石炭に替わり鉱砿石の荷役事業運送業に転換

1954年(昭和29年)3月

国土交通省(旧運輸省)近畿運輸局より一般区域貨物自動車運搬業免許取得

1970年(昭和45年)3月

国土交通省(旧運輸省)近畿運輸局より営業倉庫許可取得

1978年(昭和53年)3月

財務省(旧大蔵省)大阪税関より保税倉庫許可取得

 12月

資本金2,000万円に増資

1986年(昭和61年)2月

太田裕史社長就任
グループ会社 安治川興業(株)がコンクリートクラッシャープラントを設置し、産業廃棄物中間処理業を開始

1987年(昭和62年)3月

北港支店新社屋完成

1990年(平成 2年)2月

財務省(旧大蔵省)大阪税関より通関業許可取得

1992年(平成 4年)10月

CIを導入。社名をアサヒコーポレーション株式会社に変更

2003年(平成15年)3月

大阪府にて産業廃棄物収集運搬許可を取得

2004年(平成16年)1月

資本金3,000万円に増資

2006年(平成18年)7月

グループ会社である安治川興業の産業廃棄物中間処理業務をアサヒコーポレーションに営業移管し、コンクリートクラッシャープラントを本社(港区弁天)から北港支店へ移転。設備をリニューアルすると共に、処理能力を1,200t/日に増強

2007年(平成19年)9月

道具商許可取得

2008年(平成20年)3月

ホームページをリニューアル

 8月

会社ロゴマークを変更

 9月

2008NEW環境展に出展

 11月

本社を大阪市港区弁天6丁目から弁天1丁目に移転

2009年(平成21年)8月

環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001を全社で認証取得
(認証範囲:倉庫保管、通関、陸運、港湾荷役、公認計量、クラッシング加工並びに産業廃棄物収集運搬、中間処理及び資源リサイクル)

2010年(平成22年)6月

大阪府にて廃棄物再生事業者登録

 10月

品質マネジメントシステムの国際規格であるISO9001を北港支店で認証取得
(認証範囲:倉庫保管、通関、陸運、港湾荷役、クラッシング加工)

2011年(平成23年)

品質マネジメントシステムの国際規格であるISO9001に認証範囲を追加
(追加した認証範囲:産業廃棄物収集運搬、中間処理及び資源リサイクル)

2014年(平成26年)5月

創業100周年を迎える

 7月

兵庫県にて産業廃棄物収集運搬許可を取得

2016年(平成28年)1月

太田裕史会長就任 太田泰裕社長就任

2018年(平成30年)3月

再生路盤材が大阪府認定リサイクル製品の認定を受ける

 3月

大阪府産業廃棄物収集運搬業許可更新において優良認定事業者の認定を受ける

2020年(令和 2年)2月

運輸安全マネジメント制度の取り組み開始

 6月

大阪倉庫協会より加盟50周年の表彰を受ける。

 10月

ホームページをリニューアル

 11月

資本金8,000万円に増資

創業100周年を迎えて -100年の時を超えて-

 平素は弊社へのご厚誼を賜り誠にありがとうございます。

お陰様で、創業100周年を迎えることができました。

大正・昭和・平成とこの激動の時代に、この大きな節目を迎えることができましたのも、偏に皆様方のおかげと心より感謝しております。

この100年間は私が経験しただけでも、山あり谷ありの連続であり、本当に感慨深いものがあります。私で三代目の社長になりますが、三代目の代表に就任した1986年頃からバブル景気が始まり、数年後にバブルが弾けて長い長い「平成の大不況」に突入していきました。山一證券、ライフ、マイカル、そごうなどの大型倒産が続出しました。

それではなぜ、弊社がここまで事業を継続できたのか?
私なりに分析してみました。

一.それぞれの時代によき顧客に恵まれたこと。

経営資源でヒト・モノ・カネと言われますが、やはりよき顧客が必須であると考えます。

一.どの時代にもよき金融機関に恵まれたこと。

激動の時代にも支援して頂きました。

一.よき取引先(同業者・協力会社)に恵まれたこと。

多忙の時期、早朝での港湾荷役中に船倉で重機のタイヤがパンクした時でも、早朝5時に駆けつけてくれたタイヤの会社など。。。

一.関係監督官庁に御指導して頂いたこと。

大阪税関、近畿運輸局、大阪市港湾局、大阪市環境局等々、厳しさの中にも適切な指導をして頂きました。

一.よき社員に恵まれたこと。

2008年のリーマンショックの翌年、弊社も大変厳しい時期がありました。事業の再構築の一環で「希望退職者」を募りましたが、応募者はゼロでした。その後、ワークシェアをして社員全員でこの危機を乗り切りました。私は愚直なまでの彼らを誇りに思います。私はいい意味での「家族主義」を続けて参ります。

20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代の人たちがお互いの力と人格を認め合って、協調して仕事をしていく会社を目指したいと思います。

どうか今後ともご支援の程、宜しくお願い申し上げます。

平成26年6月

アサヒコーポレーション株式会社
代表取締役 太田 裕史
 
   

 

100th Anniversary of Establishment
- History of Asahi -

We are extremely grateful to you for your kindness and regular support.

We have carried on corporate activities for 100 years.

After ever-changing and turbulent Taisho, Showa and Heisei period, we came to the turning point.

We again express our appreciation for your support.

In the past 100 years, I experienced repeated ups and downs and I filled with deep emotion about that.

In 1986, I took up the post of representative as the third president.  It was the beginning of favorable

business condition ( Bubble Economy ).

In 1991, the Bubble Economy has collapsed and we faced long depression.

Big companies such as Yamaichi Securities, Life, Mycal and Sogo bankrupted one after another.

Now I analyzed why we could keep business running and found my answers.

- We were blessed with good clients in each period.

    The base of management resources is personnel, resource and money.

    I believe that it is necessary to have good clients.

- We wre blessed with good financial institutions.

    We were supported by financilal institutions in turbulent times.

- We were blessed with good business partners.

    We stowed a ships hold with cargo in early morning when we were in busy time.

    At that time our shovel had punctured during the operation, but repair man came to there in early morning and fixed flat tire.

- We were directed by related supervisory authorities.

    We were directed by Osaka Customs, Kinki Transportation Bureau and Osaka Department of Environment rightfully.

- We were blessed with excellent employees.

    In 2009, after collapse of Rehman Brothers, we faced difficulties in business activity.

    As a part of policy to business restructuring, we solicited voluntary retirement, but no one accepted it.  After that we adopted work-sharing system and came out of the crisis.

    All members is overly naive, but I’m incredibly proud of them.

    I shall continue to have familistic mind for all employees.

Employees with wide range of age from their twenties to eighties acknowlede each other’s ability and personality and will work in coodinated manner.

We wish to express our sincere appreciation of your coninued favor and support.

 

Hiroshi Ota

CEO